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 先日ブログに「結婚したのは1986年だった」旨を書きました。時代はバブル。
 結婚披露宴と二次会はセット、でした。披露宴の後、二次会を行うのが常。地方出身者が地元と東京で二回披露宴を開催するのも珍しくはありませんでした。

 最近の世界株高で「AIバブルだ」「弾ける」との声が大きくなって来ていますが、1980年代後半のバブルとは、かなり様相が違います。 
    確かに株価は不思議なくらい騰がって来て、いつ大きな調整が入るのか、私も怖れてはいます。しかし、若き日の「バブル」とは質が同じではありません。

 今の株高は「お金持ちがより金持ちになる」「一部の層だけが豊かになる」「投資をしている人が享受しているのみ」「K字経済が進む」などと指摘されている通り、とても冷めた考えがあります。むしろ、そちらの方が大半かも知れません。

 1980年代のバブルは日本中が湧きたっていました。私が見ていた80年代後半は、日本国中「浮き足立って」いました。
 誰も、多くの人が自分もお金持ちになれるかも、という幻想を抱いていたものです。

 土地の値段も株価も騰がり「いつまでも騰がり続ける」と思い込んでもいました。10万円記念硬貨発売の引換券を求めて長蛇の列、週末のタクシーは掴まらず、香港へ日帰りで中華料理を食べに行くカップルもいました。
 経済誌やマネー雑誌が次々と創刊され「乗り遅れるな」とNTT株や東電株を買った人も多く紹介されていました。
 
 文字通り、国を挙げての「浮き足」状態。いつまでも繁栄が続くと疑いませんでした。
 会社も利益が出過ぎて、税金を払うくらいなら、と従業員へメイプルリーフ金貨を配りました。また創立〇〇年記念と、創立記念日にロイヤルコペンハーゲンの夫婦カップを渡していました。転換社債を発行し、経理的に成功を収めた経理部門の取締役は、会社ナンバー2の常務へ就任。「上手くやった」人が、あちらこちらに出現したものです。

 あの日、あの時の熱狂は今感じることはありません。
 冷ややか、と言って良いかも知れません。「浮き足立って」いるかいないか、この差を感じます。
 AIバブルかも知れません。弾けることもあるでしょう。しかし、その後何十年も停滞してしまった、日本の90年代初めとは大きく違って来るだろう、とは思っています。

   それでは、また明日!!

↓ あれは一体、何だったのだろう?
  ジュリアナ東京も遠くなりにけり。
                                           
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