ビジネス1面
「評伝
敗北からの『全勝』経営
ゼンショー小川氏死去
因縁の吉野家超え」
ゼンショーの小川会長が亡くなりました。早速「評伝」が掲載されています。執筆者は「ヒットのクスリ」の編集委員 中村直文さんです。
「大風呂敷を広げ、具体的な目標を強烈なリーダーシップで実現していく。ゼンショーホールディングス(HD)の創業者、小川賢太郎会長はそんな起業家の1人だった」
大風呂敷、確かにその感も。
「理想に燃えていた学生運動の頓挫、吉野家再建を巡る主導権争いでの敗北など数々の逆境が小川氏を奮い立たせ、『全勝』から命名したゼンショーHDを強力な外食チェーンに育て上げた」
こういう意識を持ち続けたんだ。執念でしょう。
「そもそも小川氏の経営理念は世界から飢餓と貧困をなくし、フードビジネスで世界一になること。14年に安部氏が吉野家HDの会長を退任したころ、小川氏はパーティーで出くわした安部氏に自ら握手を求めた。『もはや吉野家はライバルではない』との自信からだろう」
吉野家はライバルではなくなった、それでも燃える気持ちは変わらなかったよう。
ゼンショーのホームページを見てみました。
行ったことがあるお店を探してみたらーーすき家、はま寿司、ココス、なか卯、ビックボーイ、ジョリーパスタ、オリーブの丘、華屋与兵衛、久兵衛屋。ビックボーイやジョリーパスタもゼンショーだったんだ。
最後に、中村直文さんの結びの文をそのまま書き連ねます。
「以前同氏は80年代の吉野家再建について『その時の歴史は正しく語られていない。だが当事者が数多く存命で、まだ言えない』と語っていた。小川氏の口からも真相を聞いてみたかった」

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「評伝
敗北からの『全勝』経営
ゼンショー小川氏死去
因縁の吉野家超え」
ゼンショーの小川会長が亡くなりました。早速「評伝」が掲載されています。執筆者は「ヒットのクスリ」の編集委員 中村直文さんです。
「大風呂敷を広げ、具体的な目標を強烈なリーダーシップで実現していく。ゼンショーホールディングス(HD)の創業者、小川賢太郎会長はそんな起業家の1人だった」
大風呂敷、確かにその感も。
「理想に燃えていた学生運動の頓挫、吉野家再建を巡る主導権争いでの敗北など数々の逆境が小川氏を奮い立たせ、『全勝』から命名したゼンショーHDを強力な外食チェーンに育て上げた」
ああ、やはり全勝から来たのですか。
「いつも眼光鋭く、インタビューや記者会見で笑顔を見せることがないこわもてだ。社長時代には部屋にトレーニング機器を置き、100キロのベンチプレスを平気で挙げる。社長室に入る来客者はまずその雰囲気に圧倒されるが、そこはガキ大将っぽく憎めないところでもあった」
うわ嫌だな、この社長室に入るの。社員も怖かったことでしょう。
「小川氏を強烈な起業家に育て上げたのは、数々の『敗北』だろう。東京大学在学時代、全共闘運動に身を置いたが、ままならず中退。港湾労働に従事した後、吉野家に入社する。これがその後の小川氏の運命を決めた」
ここまでは有名なエピソード。東大中退、肉体労働、吉野家へ、何度か目にしています。
うわ嫌だな、この社長室に入るの。社員も怖かったことでしょう。
「小川氏を強烈な起業家に育て上げたのは、数々の『敗北』だろう。東京大学在学時代、全共闘運動に身を置いたが、ままならず中退。港湾労働に従事した後、吉野家に入社する。これがその後の小川氏の運命を決めた」
ここまでは有名なエピソード。東大中退、肉体労働、吉野家へ、何度か目にしています。
「1980年に吉野家は会社更生法を申請。経営再建を巡り、後に吉野家の社長になる安部修仁氏が属する陣営と、小川氏が支持する陣営とで対立することになる」
そうなんだ、それは知りませんでした。安部修仁さんもアルバイトからの叩き上げ、苦労人です。
そうなんだ、それは知りませんでした。安部修仁さんもアルバイトからの叩き上げ、苦労人です。
「小川氏側は敗れ、82年にゼンショーを設立した。振り返ると同氏の経営者人生は、2000年代までの『打倒吉野家』の時期と、その後の世界戦に分けられる。とにかく吉野家への対抗心は激しかった」
その対抗心がゼンショーを大きくした、とも言えるでしょうね。
「一匹オオカミの小川氏は、吉野家などが加盟していた外食の業界団体、日本フードサービス協会(JF)にも当時加盟していなかった。00年代前半にJF会長だったすかいらーく創業者の横川竟氏が入会を勧めると『吉野家倒産時の件が許せないし、入りませんよ』と断ったという」その対抗心がゼンショーを大きくした、とも言えるでしょうね。
こういう意識を持ち続けたんだ。執念でしょう。
「もっとも10年代はモードが変わる。規模で吉野家をはるかに超えたゼンショーHDは、グローバル戦略にかじを切る」
「そもそも小川氏の経営理念は世界から飢餓と貧困をなくし、フードビジネスで世界一になること。14年に安部氏が吉野家HDの会長を退任したころ、小川氏はパーティーで出くわした安部氏に自ら握手を求めた。『もはや吉野家はライバルではない』との自信からだろう」
吉野家はライバルではなくなった、それでも燃える気持ちは変わらなかったよう。
ゼンショーのホームページを見てみました。
行ったことがあるお店を探してみたらーーすき家、はま寿司、ココス、なか卯、ビックボーイ、ジョリーパスタ、オリーブの丘、華屋与兵衛、久兵衛屋。ビックボーイやジョリーパスタもゼンショーだったんだ。
最後に、中村直文さんの結びの文をそのまま書き連ねます。
「以前同氏は80年代の吉野家再建について『その時の歴史は正しく語られていない。だが当事者が数多く存命で、まだ言えない』と語っていた。小川氏の口からも真相を聞いてみたかった」

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