国際面

「イラン、捨て身の報復
 シーア派の殉教思想映す『天国の扉が閉じる前に』」

 世界史の本を何冊読んでも、わかったようでわからないシーア派とスンニ派。イランはシーア派なのですね。

 「米国・イスラエル軍の攻撃に対しイランが徹底抗戦の構えをみせている。聖職者や革命防衛隊幹部、兵士の捨て身にも映る行動には、イスラム教シーア派特有の殉教思想が影響をおよぼしている。紛争の激化と長期化を招く要因になっている可能性がある」

 「『殉教は神の恩寵(おんちょう)』。殺害された前の最高指導者ハメネイ師は、信仰のために命を捨てることの大切さを繰り返し説いてきた。2020年には米軍攻撃で殺害された革命防衛隊のカリスマ司令官、ソレイマニ司令官の自己犠牲を熱烈に称賛した」 
 葉隠れの、武士道とは死ぬことと見つけたり、を思い出します。

 「イスラエルや米国への内通者の存在が疑われるなか、ハメネイ師は危険を承知で集会に参加し親族とともに殺害された。イスラム教の聖なる月のラマダン(断食月)に、意図したかはともかく殉教の『手本』を示した。ハメネイ師は初代のカリスマ指導者ホメイニ師と並ぶ英雄として支持者の尊敬を集めつつある」  
 「殉教の手本」これで尊敬と忠心が強いものに。

 「自己犠牲の精神は、イスラエルから殺害を警告されながら後継の座に就いた息子のモジタバ・ハメネイ師にも確実に受け継がれる。軍や革命防衛隊の兵士らに広く、戦いに身を投じる尊さを呼び覚ました可能性もある」  
 戦いに身を投じる尊さを呼び覚ました。誰かに命じられるのではなく、自ら死をも恐れない戦いへ。

 「シーア派信者の信仰心は一様ではない。外国人が接する都市部の世俗化したイラン人のほとんどは、宗教の教えと人権などの価値の両方を分けて理解している」
 そうなるでしょうね。

 「だがイランは都市部の世俗派と地方の信心深い人々の間に深い溝の走る二極化社会だ。軍の兵士や強硬派の聖職者には、教えのために命を捨てることをためらわない人々が一定数存在する」  
 一部ではなく、一定数、いるのがミソなのでしょう。

 「その一端が明らかになったのが1980年からのイラン・イラク戦争だ。『天国の鍵』を胸に下げたイランの少年兵たちが手を取り合い地雷原を渡る姿は、敵のイラク軍に大きな衝撃を与えた。対イラク戦争が終わったとき多くの若者が涙を流して悔しがった。『天国への扉が閉じられてしまった』」  
 天国の扉。それが閉じられる。そういう考え方もあるのか。

 「イスラム教スンニ派にもキリスト教にも殉教の考えはある。だがシーア派が独特なのは、それが西暦680年のカルバラ(現在のイラク中部の都市)の戦いで、ウマイヤ朝の軍隊に殺害されたイマーム・フセインの死と密接につながっている点だ」  
 根底には、古い歴史もあるのですね。

 「シーア派はフセインを預言者ムハンマドの正統な後継者と考える。裏切りに遭い、不利な状況で死を遂げた無念を追体験することにシーア派の殉教の意味がある」  
 ここからが信じられぬ信仰心。

 「シーア派にはフセインの死を悼むアシュラの儀式があり、毎年、黒装束の信者が通りを歩き鎖で自らの体を傷つけて苦しみを追体験する。通りが黒く血に染まる儀式の光景は衝撃的だ」  
 あまり見たくない。凄惨な街になるでしょうね。

 「イラン指導部は、パーレビ王政やフセイン大統領のイラク政権に対してと同様、米軍との戦いでもカルバラの記憶を持ち出し、対立を宗教の図式に置き換えようとしている」  
 カルバラの記憶!日本で言えば、唐に敗れた白村江の戦いを忘れるな、くらい昔。

 「『天国の扉が閉じる前に』。指導部が説く殉教の物語(ナラティブ)を信じ多くの若い兵士が『栄光』に身を投じるのは避けられないだろう。それは超大国・米国とイランの戦いが抱える非対称性の究極でもある。
 うわ、これは一筋縄ではいかないわ。殉教は栄光、この思想がある以上、紛争は長引きそう。簡単には終わらないでしょう。

                   

       
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